2冊のK-POP関連本を読んだ。
『新大久保とK-POP』は、人気のK-POPにあやかって、東京の新名所となった“韓流聖地”を紹介するガイドブックと思いきや、そこから更にコリアタウンにとどまらない多国籍・多文化共生地域となった
「新大久保」の過去・現在・未来を探った本。
私も以前、お世話になった
共住懇の山本重幸氏を最良のナビゲーターとして、この地の歴史を掘り起こし、その成り立ちを紐解き、多国籍・多文化の現況を捉え、さらにこの街とニッポンの未来を幻視する。
まるで共住懇の本であるかのように、いささか山本氏に頼りきった感もあるが、この街から見えてくる“アジアの中のニッポン”を俯瞰する意味は少なくない。
「現在の東京には、約40万人の外国人がいます。私は、この流れは止められないんじゃないか、と思っている。もしかすると、2050年には、日本全国が新大久保になるかもしれませんね」という山本氏の言葉が、日本と世界の未来を射る。
もう一冊の、『K-POPがアジアが制覇する』もK-POPブームをなぞったかの如き総花的にアーティストの素顔や人気の秘密、活動の紹介で始まるのだが、次第にその様相を変え、やがて日韓比較の文化・精神論へと舵を切ってゆく。
「女性ファンというものは、アイドルや俳優のことだけを知りたいのであって、誰かのフィルターを通したアイドル論を読みたいのでは決してない。一部の文科系・サブカル系を除いて、批評を楽しむ女性は少ないのである」として、前半は女性読者を惹きつける内容とし、後半は「男性というのは、アイドルの語るインタビューももちろん好きだろうが、自分のアイドル論を持っている人が多いように思う。ブームを先どる形で、
『ミュージック・マガジン』誌は二○一○年三月号でK-POPを特集していたが、この本は数多くのライターたちによるアイドルに関する総論で徹底的に構成されており、男性からの指示を得ていた。(略)たぶん、筆者がこの本でやっていることは、非常に男性的な試みなのだろう」として、男性読者に軸足を移したかのような構成になっている。
しかながら、その筆者による「アイドル論」もどうも引用が多いせいか、「自分の」論調としての印象が薄い。その比較文化・精神論もあまり深みが感じられない。
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