禺画像]
東京・京橋にある
東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)の常設展が
「NFCコレクションでみる 日本映画の歴史」としてリニューアルされたのを機に、立ち寄ってみた(2月9日)。
今回の展示では、同センターが所蔵するポスター・写真・文献・映画機械・映画人の遺品といったいわゆるノンフィルムの多彩な資料を閲覧できるのが特長。
たしかに、今から100年以上も前に描かれたポスターや、大小さまざまな映写機、ワタシの敬愛する
成瀬己喜男監督が
『山の音』を撮る際に描いた精緻なセット図や間取り図など、映画ファン垂涎のコレクションが居並び、まさに日本映画の100年の歴史とその“豊かさ”を体感できる。
しかしながら、映画ファンの末席をケガすワタシなどは、それらの展示物以上に目が奪われるてしまうのは、会場各所に設けられたモニターに写し出される数々の映像群だ。
リュミエール兄弟が
シネマトグラフを開発したのが1894年。その数年後にはシネマトグラフ映写機が輸入され、明治期の貴重な日本の姿が撮影される。
1897年に撮影されたという稲刈りや足踏み水車の情景はおどろくほど鮮明だし、日本人によって初めて歌舞伎の舞台が撮影された
『紅葉狩』(1897年)や、
関東大震災(1923年)の被災の様子を収めたフィルムなど、興味深いものばかり。
さらに、
『忠治旅日記』(伊藤大輔監督・1927年)や『忠臣蔵』(
衣笠貞之助監督・1932年)など、なかなか観ることのできない“幻の作品”が、ここではいともたやすく目にすることができる。これは映画ファンとしては、本当にありがたい。
『アニメで越境する(日本映画は生きている)』(岩波書店)でもその歴史的意義が触れられていた日本アニメ創世記の作品
セコメントをする